この冬病気知らずだった子ども達がココにきてやられてしまった。
アレルギー体質のヒロロが花粉症の悪化から、咳きが酷く翌朝学校&会社を休んで薬をもらいに行った。戻ってきてからは一人で留守番させて私は遅れ仕事に行くことにした。
その朝は、チナナも布団の中で「気持ち悪いー」なんて言っていた。ママと二人でお休みずるい!と自分も休みたいと訴えているようで、そのまま学校には行かせたけれど、戻ってくるなりおやつも食べずに横になっていたようだ。
私が帰ると二人とも寝込んでいた。ヒロロは薬のお陰でだいぶ楽になっているようだ。チナナはやっぱり気持ち悪いらしく、熱をはかると38度以上あった。
あれチナナもダメだったのか。元気なコノノだけ夕飯を食べさせていた。いつもより食の進みが悪く、途中で「トイレー」なんて言い出した。お腹がつまって食べにくかったのかな?と思っていると、「いっぱい変なウンチ出たよ」というので見てみると下痢をしていた。
お腹がやられているらしい。続きの食事はあきらめて、今日は皆で早く寝よう!そう思って布団に入り、グズグズ気味の皆に寝てもらうため、何冊も本を読み続けていた。
読んでもグズグズ寝付けない三人。いい加減電気を消そうかな?と思っていると、コノノは布団に座り込みゴボゴボとした後、私の腕の上に嘔吐した。腕をどかす間もなく、ゴボゴボ続くコノノ。空いた手で背中をさすり続け、左手を犠牲にした。
お腹の全てのものが出た後、私はどうやってこの体勢からこの汚れた環境を修復しようか考えた。と言っても誰も助けてはくれない。仕方ない、近くにあったティッシュに手を伸ばし、なんとかその場から離れて、自分とコノノと寝具やらをキレイに整えた。
ヒロロとチナナも大変なコノノを見ていて、自分は手をかけまい!と思ったのか、おとなしくビデオを見初めてていた。コノノの方もゴボゴボを出し切ってスッキリしたらしく、ケラケラ笑いながらビデオを眺めだした。
私は大変な惨事の後始末をしながらも、少しだけホッとしていた。何分かビデオを見た後、電気を消して眠ることにした。するとヒロロが「ママこの夜はどんな大変になるか分からないけれどゴメンね」と言ってから眠りについた。
自分が咳き込み、チナナが熱にうなされ、コノノがゴボゴボと、私は三人の病を一度に看病する経験のなさに、少々不安に感じながらもヒロロの言葉に覚悟を決めて、寝れるときに寝ておこうと一緒に眠ることにした。
夜中の咳は殆ど気にならなかった。チナナは少しだけうなっていたけど、布団をかけなおして静かになった。コノノは枕元においてある洗面器に自分で顔をつっこんで、ゴボゴボしていた。
良くとっさに洗面器に向かえたね。ママに迷惑かけないようにって、気持ち悪いのに頑張って洗面器にしていたんだね。ゴボゴボしているコノノの横で、そんなことを思いながら、背中をさり続けた。お陰で寝具は汚れないですんだ。夜中の1回のゴボゴボにつきあうだけで、後は朝まで皆で眠ることができた。
翌朝は、ヒロロは学校に行くことにした。チナナは熱が下がらず、コノノもぐったりしているので、今日は下二人が休むことにした。二人を医者に連れていくのは、ペーパードライバーの私には難しいことだし、今日一日仕事を休むのはキツイ。
寝ていた旦那様にご相談すると、とりあえず朝会社に顔を出した後、戻ってきて病院に連れて行ってくれることになった。そしてその間私は会社に行き仕事をやっつけてくることにして、午後は私が看病し旦那が仕事へ行く。
そんな感じで今日をしのぎ、明日はばーばに看病の予約を入れている。こうやってなんとか今回の「三重病」乗り切るしかない。具合の悪いときぐらい休んでそばにいてあげたい!そう思う母心を尻目に、仕事に行ってなんとか調整をつけてくる。この時ばかりは旦那様の手を借り、簡単には休めない旦那様の代わりとなって、ばーば様にも登場してもらう。
こうやってフォローしてくれる人がいるお陰で乗り切っていけるのだけれど、子育てに病気はつき物で、それを看病する母親の精神的肉体的負担はかなりのものがある。でも親だからできる、こうやって自分も大きく育ててもらってきたんだからと、シミジミ思いながらできるのだ。
母親はこうやって子どもを育てながら強くたくましくなって行くんだよねー!と母歴12年目を迎えようとしている私はそんなことを思い、でも今回の「三重病」には参った!参った!とココに記録しておくことにした。